「RineaRの筏」がchap.2になって、デザインが大きく変わったほか、RineaR全体の構想も変化した
chap.1では、現実の内部に「抽象によって現実と隔離された場所」があって、そこで「ある一個人」の抽象として漂い続けているイメージだった
対してchap.2では、現実の外部に「抽象を通してのみ現実を観察できる場所」があって、そこから「ある一個人」を見続けているイメージになった
旧)Riniaの個人活動の総称 新)Riniaと名付けた一個人を観察して得られた解釈
RineaRは最初から、名前だけが付けられている得体の知れない独自概念であり、今までの解釈は「Riniaという人物が、個人活動を抽象により隔離させたもの」だった
しかし今、RineaRに対して具象であるRiniaが大きく乖離していて、その間を無理矢理捻じ曲げているように思えてきた
RineaRは抽象を眺めているわけだけれど、RiniaはRineaRの活動者ではなく、見える抽象の中でもひときわ関心がある一存在とも言える
そうして、RineaRは「Riniaと名付けた一個人を観察して得られた解釈」という解釈に組み替えられた
旧) 「この筏は私を、どこへ連れてゆくんだろう。」 新) 「遠くへ行こう。筏を放さないように。」
以前はRiniaが「RineaRの筏」を拠点として個人活動をしているという解釈だったので、キャッチフレーズも辻褄を合わせる必要が出てきた
「遠くへ行こう。」の部分はRineaRの姿あるままを表しているようで、ずっと前から大事に温めてあったもの
「筏を放さないように。」の意味は、今までのMaterialsを眺めると分かる
旧)「RineaR」の読みは「リニア」、「Rinia」の読みも「リニア」 新)「RineaR」の読みは 「リニアル」 、「Rinia」の読みは 「リニア」
両方とも同じ読みなのが紛らわしくて、普段から「リニアル」と区別して呼ぶようになってたため変更した
旧)活動者による投稿 前者は書き留めておきたいこと、後者は一連の活動 文章は、プレゼンやブログをイメージした敬体・口語体 コンテンツには、技術的な解説を含む
新)個人的なノート 前者は解釈と発想、後者は作品と記録 また、LetterはMaterialを生み出し、MaterialはLetterの進展を促す 文章は、日記をイメージしたやや砕けた文語体 コンテンツには、技術的な解説を含まず、エピソードを含む
RineaRの意味が「個人活動」から「観察と解釈」に変わったことにより、コンテンツの役割も変化し、その内容や文体ももはや「外部へ向けた説明」である必要がなくなったため変化した
これによって何か縛りのようなものが解けて、より自由な解釈ができるようになった気がする
そういった意味でも、RineaRの解釈を変えたのは良かったのかもしれない
旧)version x.y.z 新)chapter x.y.z
最後に、バージョン表記は、個人的な趣味
versionよりもchapterの方が、状況が良くなっても悪くなっても先に進んでいるようで安心できる
今後どう解釈が変化していくかは、予想がつかない
ただ、今後いくつかの作品が控えているので、それによってまた新しいものが見えてくるのが今はとても楽しみ
あと、Materialを時間軸で追いたいので、Timelineページを今後新たに書きたい